≫ 院長挨拶

「へき地医療を皆で明るく、垣根の低い病院を目指して」
昭和23年9月10日、三重県最南端で「陸の孤島」と称されたこの紀南地方に竣工された南牟婁民生病院(昭和55年4月1日紀南病院に名称変更)は、今もなおこの地域唯一の基幹病院として平成22年度で62年の歴史を刻みます。この間一貫して、無医地区の巡回診療や地域づくりなどを皆で工夫して展開しており、常勤医師は通算延べ1,000名が勤務、現在に至っています。交通の便も悪い遠隔地の医療・福祉を少しでも守るため、決して多くはないスタッフを工面して三重大学各科の医師や三重県による自冶医大卒業医師の派遣を今も継続して頂いており、その御高配に心から感謝申し上げます。今後は 1.診療体制の維持向上と 2.高度先進医療の専門施設紹介の信頼される窓口病院として、また 3.近い将来一層増加する高齢社会での貢献を視野に容れた施設づくりの他、4.医の原点を実習できる教育病院として、温かく穏やかな時間を過ごせる紀南の特色を生かし、住民‐行政(含、救命救急隊)‐紀南医師会‐紀南病院の四位一体で、明るく・前向きに努力する所存です。
「癒しの治療」
病院前には、朝な夕なに見る美しい七里御浜海岸と熊野灘が広がり、海岸線を走るJRと国道42号線からは病院周囲のミカン畑を一望でき、熊野古道もすぐ近傍に位置するなど、自然にも人情にも恵まれ、満天の星空には驚嘆するほどです。そのため、病院にお越し頂いたその時から「癒しの治療」が始まります。また、高齢化率35%という日本有数の当地では、御老人の生活環境文化を大切に保持して、介護老人保健施設「きなん苑」を併設し、訪問リハビリテーションの他、皆が親睦に集まる場としても提供しております。
「良かったヨ~、その一言が聞きたくて」
標題の「出会い、触れ合い、分ち合い、築き合い」の4つの「あい」は「愛」が基本で、「看護は愛」に密接に関係するだけでなく、当院創設に命を懸けて誓い合った住民の皆様の熱い愛にも繋がります。乏しい医療資源と対決するために、辛いもんがある苦しい今こそ、紀南を愛する思いを地域力を持って再び築き合っています。この地方の患者さんが退院の時だけでなく、診療の一段落時にもしばしば囁く「良かったヨ~」、その一言が聴きたくて、私達はこのへき地医療に全力を傾けられると思います。
「三重県地域医療研修センター開設」
地域を知り、溶け込めること、そして皆で分ち合い、励まし合って築き合えることが「地域力」の修得であり、「医の原点」を学べる絶好の機会にもなります。当院内科の中前範子先生は「教育のある所に人は集まる」とその熱い思いを述べており、訪れる研修医には、へき地医療の厳しい現実の中でも前向きに取り組む姿勢を各職員と共有してもらいました。こうした地道な取り組みをさらに向上すべく、三重県の強力なプロジェクトとして21年4月に地域医療研修センターが紀南病院内に開設され、我が国のエキスパートである奥野正孝先生がセンター長として就任、早や1年が経過したところです。県内外から医学科卒業1~2年目の所謂、初期研修医の皆さんが21年度は23名、そして22年度は35名(2か月以上の研修滞在者は20名)の予定で、充実したカリキュラムとなるように皆で知恵を絞り地域ぐるみで対策を立てています。詳細は当センターのホームページをご覧下さい。
「地域力の源は『飲力』?!」
22年度はさらに質的向上を目指し、1.地域医療研修センター活動は勿論のこと、2.診療報酬制度からは従来の出来高払いから包括支払いが昨年に引き続き少しでも良質な医療を提供できるように保険診療費改定にも対応させて実施し、3.医療相談コーナーや 4.癌患者家族の会(和みの会)もパワーアップして、より身近に患者さん御家族との対話を充実します。ハード面では、5.老朽化した施設の耐震補強工事を実施し、6.各診療科の機器や施設環境整備にも積極的に対応します。このためには職員の団結力が重要で、そのチームワークが大きな推進力となるためには忌憚なき語らいが必要で、これがストレス発散にも繋がれば一石二鳥以上の効果があります。ニュートン先生はリンゴの落下を見て「万有引力の法則」を導き出されましたが、凡なる小生は地域力の源に、時には酒などを飲んで語り合うことの大切さから飲む力、すなわち「飲力」をもって親睦と励まし合うことの重要性を強調したいと思います。
以上、22年度もよろしくお願いいたします。

出前式参加型「紀南の医療を語る会」 職員・家族の親睦(地引網大会)
