センター長物語
センター長、奥野正孝先生による過去と未来と現在と
神島診療所時代に綴ったあれやこれやを脈絡もなく連載してみます。
ご一読いただければ幸いです。
----------------------------------------------------------------
「 笑うに笑えない 」
「坐薬だから座って飲んだ。」という笑い話が昔からあります。しかし、今でも決して笑い話ではありません。どのような誤った薬の使い方を、どれくらいしているかについて調べてみると、もっとも多いのがこれでした。元来、薬を体内に取り入れる方法としては、飲むか注射する以外は一般的ではありませんでした。しかし、飲ませるのが難しい子供の場合や、口から飲めない人に対しては飲み薬は役に立たないし、注射では薬がいきなり直接血管の中に、しかも大量に入ってしまうので、すぐに効果が現れやすいという点ではよいのですが、その副作用も急激に出ることがあるので、使い方が難しいのが欠点でした。そこで、直腸の粘膜から薬を吸収する事によって、口から飲めない人でも薬が体内に取り入れることができ、そして比較的早く体内に吸収させることができる薬の形として坐薬が登場したのです。しかし、なぜ坐薬を座ってもなどということが起こるのでしょうか。これは、読んで字の如しで、「坐薬=すわる・くすり」ですから、坐薬について前もって知識かがない限りこの様なことが起こっても不思議ではないわけです。使い方が悪いというより、むしろネーミングが悪かったというべきでしょう。坐薬の「坐」は、「尻の下に置かれる」という意味があるので、本来的な意味としては間違ってはいないのですが、どうも使い手の立場に立ったネーミングとはいえません。ちょっと下品ですが「しりぐすり」とか「さしこみぐすり」(これは実際よく使われています。)といったほうがよかったかもしれません。
困ったネーミングといえば、薬を飲む時を指示する際に使われる「食間」という用語があります。「食間=たべる・あいだ」ですから、本来的な意味である食事と食事の間という解釈ももっともですが、食事中と解釈してもなんの不思議もありません。実際、食事と食事の間に飲むべき薬を、食事中に飲んでいたという例も少なくありません。医療という特に専門化された分野で使われている用語だから仕方がない、覚えてもらうしかないといってしまえばそれまでですが、もっともっと、使う人の立場に立って物事を考えなければならない現在において、専門家である医療者側こそが、大いに反省すべき点です。
誤った薬の使い方の調査で、二番目に多かったのが貼り薬でした。
貼り薬の代表的なのは湿布です。湿布は、主に痛みや腫れを押さえることを目的として、布に薬剤が塗られていて、独特のにおいがするものが多かったのですが、最近では目立たないように、においがしないようにという配慮から、透明で、におわない湿布が出回ってきています。確かに使いやすいものです。ところが、最近、狭心症の治療に使われる貼り薬が出てきたのです。坐薬は直腸の粘膜から薬を吸収させるものでしたが、貼り薬はもう一歩進んで皮膚から薬を吸収させるもので、ただ皮膚に貼るだけでよいので、飲み薬より、注射より、坐薬より使いやすいものです。数年前、始めてこの貼り薬が登場した時は、数ミリの厚さがあり、硬く、湿布とは似ても似つかなかったのですが、より使いやすくしようということで、最近では、薄く透明でにおいのしないものになってきました。そうです、とても湿布と似てきたのです。「いやー、この医者は、わしが腰が痛いといってもいないのに、貼り薬を出してくれた。ありがたや。」と、お年寄りが勘違いをして、狭心症の治療の目的で出した貼り薬を、腰の回りにぺたぺたと貼っていたという、「坐薬だから座って飲んだ。」に次ぐ、笑うに笑えない話が出てきてしまいました。
もうひとつ、使いやすくしようとしたんだけれども混乱してしまったこういう例があります。元来飲み薬と言えば一日三回が相場でしたが、最近では、一日一回とか二回とか、同様の効果を回数が少なくても得られるような薬がでてきています。これは、一日三回だと飲むのを忘れてしまうことが多いので、回数を少なくして、確実に飲んでもらおうというのがその目的です。確かに、一日一回とか二回なら、飲み忘れが少なくなるだろうということは容易に想像できます。しかしです。一日一回とか二回の薬だけを飲むのならよいのですが、従来の、一日三回の薬を同時に飲むように指示されたらどうなるでしょう。「一日一回の薬を一回2錠、一日二回の薬を一回1錠、一日三回の薬を一回3錠飲むとすれば、昼食後には合計何錠飲むことになるでしょうか?」といった、笑えないクイズが出来てしまいます。さらに、薬は一日三回飲むものだという考えが依然として定着しているので、一日一回の薬を一日三回飲んでしまうということも起こってしまうのです。一日三回の薬を飲み忘れるのと、一日一回の薬を飲み過ぎるのでは、ことの重大性がはるかに異なるのは自明の理です。
便利にしよう、楽にしよう、使いやすくしようとして様々な工夫がなされているのはよいことですが、その思惑とは異なった結果を生んでいることに目を向けなければいけません。どこまで十分に使う人のことを考えたのか、押しつけになってはいないか、これくらいのことは覚えてくれないと困るなどと思い上がってはいなかったのか、そして、説明を十分にしているのか?
健康を守る、病気を治す専門家としての医療者の反省です。
(1999年3月記)
浦吉先生、
磯部先生、
野口先生、
そして今朝、佐藤先生が阿田和から旅立ちました。
若さだけではこなしきれない大きな大きな責任を背負って、つらく苦しい日々が続いた時でも、私にはいつも笑顔でいてくれました。そんなみんなのやさしさに、
「ありがとう!」
でも、日をおうごとに自力でたくましくなっていくみんなの姿が、私の目にはとてもまぶしくうつりました。
「すごいぞ!」
そして、みんながおのおのの考えとやり方で力一杯研修医達にぶつかっていきました。
この個性あふれる指導が、紀南病院の地域医療研修の最大の力だと自負できました。
「自信を持って!」
旅立つ前の、力一杯やりきった後の清々しいみんなの顔が心に残ります。
「ええ顔や!」
またいつの日か一緒に時を過ごせることを夢見て「めっちー」はまた一歩を踏み出します。
最後にやっぱり、なんといっても、とっても、
最近のコメント
:事務部長 久保
:事務部長 久保
:事務局(紀南病院)
:事務部長 久保
:事務部長 久保