センター長物語

センター長、奥野正孝先生による過去と未来と現在と

小船に見習って

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心配なので少し予定を早めて小船方面に巡回診療に行ってきました。
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この坂の上の白い手すりがあるところに、小船公民館兼紀南病院附属小船診療所があったのですが、なにもありません。
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ということで、今日の診療場所はみんなが住むお寺。
食料は十分で電気もつき環境は少しずつ良くなり、根っから明るいこの集落の人達なので、まだまだお元気ですが、先週にはなかった「疲れ」が少しずつ垣間見られるようになってきました。また、被災以来子供さんの所に行っているが帰ってきたいとずっと言い続けているけど帰る家がない、みんなとここにずっとここにいたいけど家が流されてしまって居続けることができないと、大好きは所にいることが叶わない現実が目の前に迫って来ています。しっかりとフォローしなければなりません。
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でもでも、小船の皆さんは流石です!
こんな時にも,気持に余裕を持ち自然と共に暮らす心は忘れません。
今日は十五夜。
小船の皆さんに見習って、このブログをごらんの皆さんも顔を上げて夜空を眺めてみませんか?
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レールの色

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自宅ー病院の通勤途中にある踏切でふと線路に目をやると、いつもピカピカだった線路が錆びている。
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 実は、熊野と紀伊勝浦で鉄橋が壊れてしまったりして、三重県の熊野市から和歌山県の白浜駅の間(紀勢本線・きのくに線)は全く列車が走っていないのです、もちろんここ阿田和も。
 もともと本数は少なく1時間に1回くらいでしかなかったのですが、信号機の音やディーゼルエンジンの音が全く聞こえなくなってしまったのも寂しいものです。
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ああ!小船が、楊枝が、和気が...。(3)

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続いて和気(わけ)の集落へ。
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集落への唯一の道に巨大な岩がごろん。このユンボが砕いてくれてやっと軽四が通れるようになってました。通りすがりの軽トラに乗せてもらって集落へ。
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家はひっくり返り、
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郵便局は泥だらけ(この郵便局は完全に水に浸かり屋根すら見えなかったとのことです)
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この橋にも流木がありますが、自衛隊の皆さんが片付けてくれたので通行可能となっていました。また、対岸にある喫茶店とお寿司屋さんは流されて跡形もありませんでした。
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自衛隊の皆さんにあうとなぜかほっとし、頼もしく感じ、力が湧いてきます。
3618.jpgありがとう。

被災地の皆さんは懸命に頑張っていました。
今は気が張り詰めているせいか特に訴えることもなく「元気です」という言葉が多く返ってきました。しかし肉体的・精神的に限界を超えていくであろう来週以降のフォローがとても大切になるとともに、長期戦になっていくと思われます。
心して踏ん張っていかなければなりません。


ああ!小船が、楊枝が、和気が...。(2)

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小船の隣の楊枝に通じる道は土砂崩れ・道路の崩落・大量の泥で車は全く無理。
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ということで、診療所の看護師さん二人とみんなでテクテク遠足です。
IMG_3187.JPG 楊枝薬師も水没
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 ...。
IMG_3188.JPG お地蔵さんも...。
対岸に目をやれば、瀞八丁観光の起点ジェット船乗り場。
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屋根の上まで流木が。このすぐ近くに住むおばあさんが溺水で亡くなられています。
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目を凝らしてよく見れば、電柱にクルマが引っかかっていました。
対岸は良く報道されている熊野川町です。ヘリ(自衛隊・防災・ドクターヘリも!)がひっきりなしに飛んでくるのですが、着陸するのは全て向こう側。目の前で人員も物資もどんどん下ろされるのですが、同じ境遇にあるこちら側には一機たりとも降りてきません。
「なんで?」と涙する住民の声に、ただうなずくしかありませんでした。
更に次の集落に...。
3618.jpgto be continued


ああ!小船が、楊枝が、和気が...。(1)

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いつも巡回診療に行っている熊野川沿いの三つの集落からほとんど情報が入ってこない(道路寸断・断水・停電・電話(携帯含む)不通)ので行ってみました。
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まず小船という集落ですが、ほぼ全ての家が水没あるいは流出、もちろんこの写真に写っている家も全て水の下だったそうです。手前の水色の屋根はいつも診療を行っていた公民館、流され壊れています。
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梅林も家の中も道もすべて厚い泥(50cm位)で覆われてしまっています。四駆でないと道は通れません。
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しかし人的被害はなし!
集落の人達全員がお寺で助け合って生きていました。
二階のタンスの上に家族三人(90歳?のおばあさん含む)で座って首の下まで水に浸かりながら水の引くのを何時間も待っていたという皆さんもお元気でした。
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水は山から引いてきていて断水もなんのその。お茶まで出してくれました。食料は無事だった家から持ってきてみんなで作り、何とか持ち出した位牌はお寺の仏壇に並べ、大きな声でお話をし、みんなが大きな家族のようでした。
皆さんの逞しさと明るさに脱帽です。
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川向こうに目を転じれば、橋の上に流木が一杯、この高さまで水かさは増していたのです。川の色が上下で違いますが、上側が奈良県側から流れてくる十津川、下側が三重県側から流れてくる熊野川で、ここで合流するため余計に水かさが増すのです。
さて次に集落には歩いて...。
3618.jpgto be continued


ご心配をおかけしております

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 紀南病院本体は無事で、職員の中には被災された方もたくさんいますが、みんなの頑張りで機能は維持できています。
 テレビなどでご存じのように、病院のある御浜町では一人亡くなりました。周辺の熊野市・紀宝町・新宮市でも水の被害が甚大です。
 開業医の先生方で被害にあわれ機能不全に陥っているところもあり、少ない医師で何とか維持できているへき地の医療供給バランスが崩れ、明日以降その影響が明らかになってくるものと思われます。
 また全くの音信不通になっていた熊野川沿いの小さな集落では、人的被害はなかったものの一戸を残して全戸流出かという情報も入ってきており、こういった所のフォローも必要になってきています。
 研修医達よ、ここでこそみんなと一緒に頑張ろう。
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