2010年7月の記事
当時のカルテを読み返してみると、避難所での診療は、病名だけを見れば、風邪を中心とした急性疾患、薬剤の切れかけた慢性疾患、後片付けから生じる小さなけが等が多く、老人の肺炎を除けば、入院に至るような重症疾患に遭遇することは多くなかった。しかし、診療所を訪れる人達があまりに大きな悲しみに包まれていることが、ひしひしと伝わってくるようになり、徐々に診療にあたる者たちにも衝撃を与えるようになってきた。我々は医療者として、肉親の死、住居の喪失、失職など、ひとつひとつの悲しみを抱える人達には、多数会ってきたし、その時の対応も自然にトレーニングされてきていた。しかし、今回のように、それらの悲しみが一挙に、一人一人に襲いかかり、さらに、住んでいた町までも失ってしまうという、想像できない悲しみに包まれている人達と接する経験はなかった。適切な診療を行うには、患者さんと一定の距離を置いて診療に当たらないといけないとは思っていても、どうしても、患者さんの気持ちに入り込み、感情移入していくのを止めることはできなかった。そして、それが、スタッフ全員の精神的な疲労を蓄積していく結果となった。
一人のおばあさんが、とぼとぼと診察室である小学校の保健室に入ってきた。訴えは、「おしっこの出なくなる薬がほしい。」という事であった。理由を聞くと「夜になると何回もおしっこに行きたくなるのだけれど、寝ている教室から便所に行くには、まず暗い教室から他の人達を起こさないように出なければいけない。そして、音のするドアを注意して開け、廊下に出るころには尿意をもようしてからかなり時間が経っており、もらしてしまうこともある。たとえ、廊下のはしにある便所にたどり着いたとしても、夜でも女子便所は長蛇の列であることが多く、待っている間にもらしてしまう。もらしたまま教室に帰れば、回りの人達におしっこのにおいを嗅がすことになりとってもつらい。仕方がないので、校庭に出て、焚き火をしているところに行って濡れたところを乾かす。こういうことを、一晩に何回も繰り返す。水も飲まないでいるのだけれど、薬でおしっこが出なくなればこんなつらいことはなくなる。」ということであった。
私は何もできなかった。医療人として無力さを思い知らされた。できたのは、たまたま持参してきた大人用のおむつを、たくさんあげることだけだった。「おばあちゃん、腰の回りが膨らんでちょっと格好悪いけど、おむつして思いきりおしっこしてよ。においも漏れないから。水もたくさん飲んでな。」 おばあちゃんは、ずっと下を向いたまま話をしていた。おばあちゃんが目を合わそうとせずに話をしていた事に気付いたのは、大きな包みをぶら下げて、おばあちゃんが教室に戻っていったあとだった。
研修終了後、ばたばたと紀南を去りましたが、あらためて研修中にお世話になりましたみなさんに感謝したいと思います。ありがとうございました。
さて、以前より、東大病院の研修センターから、東大での研修を希望する学生向けに行う臨床研修説明会で、紀南病院を紹介してくれと言われており、土曜日にそれが無事に終わました。私の中で紀南病院での研修を終えたという実感がわくとともに、紀南病院での3カ月を振り返るよい機会をいただきました。100人以上を超える学生さんたちの前で、紀南病院での研修を紹介させていただいたのですが、きっときっとこの中から、紀南に行きたいと希望する研修医が出てくると信じています。ちなみに、この説明会、去年は佐藤先生がされたそうで。。佐藤先生に負けない熱い気持ちで、紀南病院について語ってきました。気づいたら、20分あっという間に過ぎていました。
紀南病院の名物佐藤先生は、東大病院での研修紹介パンフレットにも掲載されていました。無断で載せてみました。
文が見えなくて残念。
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:センター長 奥野
:事務部長 久保
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